児童養護施設遥学園に砂場の砂を届けました

6月7日朝8時に星丘を出発して山崎にある児童養護施設遥学園にボランティアに行きました。本日の目的は砂場の砂がなくて砂場遊びができないという事で、いつもの「名無しのごんべえ」さんが募金を募って、砂場用の砂、20㎏入りの袋を100袋購入し、それを砂場まで運ぶという作業です。名無しのこんべえさん、のりさん、渡辺さんと私が車で星丘から出発し、途中山崎の駅でアイスシャーベットカップを250個買って届けました。施設では中々アイスは食べられないという事で一人一個購入し、施設の冷凍庫に搬入しました。砂が到着するまで先月届けたミニトマトを見に行きました。すっかり育って、赤く実がなるとすぐ子どもが食べているそうで、良かったです。
砂が届くと、トラックが入れないので、軽トラックに移し替えて、次は軽トラックから一輪車に乗せ換えて、最後は人力で砂場まで運びました。なかなかの重さです。久しぶりの肉体労働で体が悲鳴をあげていました。それでも施設の若手スタッフや生活している中学生や高校生も手伝ってくれたの何とか昼前に終了しました。5人だけでは大変なことになっていたナァとみんなに感謝しました。
最後にみんなで集合写真を撮りました。施設の維持管理にはとてもではないが手が回らないという事で、自然の中にあって環境は良いのですが、草刈りなどが本当に大変なようでした。また、みんなで何かお手伝いに行こうと語り合って終了しました。

議員団主催で戦争法制学習会を開催

議員団主催で戦争法制の学習会を25日に開催し、40名に参加していただきました。
 講師の西川弁護士から「戦争法制を斬る―いつでもどこでも戦争?」と題して、1時間15分にわたって講演をしてもらいました。私の感想としては、今回の法案の問題点は、日本を戦争できるようにする憲法違反の戦争法であるという事です。
この戦争法制の狙いは。「切れ目のない」安保体制を作るということ。「有事」と「平時」の「切れ目」をなくしていく。「平時」「グレーゾーン」「有事」の一体化により、どのような事態にも「切れ目」なく軍事的に対応する。憲法に違反し、戦争をできるようにするという事がよくわかりました。
そのために、地理的な「切れ目」をなくす。■世界中での「後方支援」を可能にする。■現に戦闘が行われている 現場以外での「後方支援」が可能となる。→どこでも「切れ目」なく軍事的対応が可能となるといことです。
~自衛隊の活動の「切れ目」をなくす?
■国連以外の活動にも参加可能になる。
■テロ特措法などの制定なく、いつでも常時派遣が可能となる。
■自衛隊の武器使用基準が緩和される。
→自衛隊の権限を拡大し、いつでも、どのような軍事的活動も「切れ目」なく可能となる。
~「切れ目」が大事!!「切れ目」をなくす=戦争をいつでも、どこでも、どんなことでも!!
 ■ 憲法は「切れ目」を明確にしている。
 →集団的自衛権を認めていない。「武力の行使」と「戦力の保持」を禁止。
 ■「切れ目」こそが、平和の第一歩。
 戦後70年、戦争で殺し殺されることがなかったのはなぜか?それは、日本国憲法による「切れ目」により、戦争をしなかった、戦争に参加しなかった、攻撃されなかったことの意味を再認識しなければならない。今こそ憲法九条を広めていかなければならないとまとめました。
 最後に、参加者一同、戦争法制廃案の運動を強めていこうと確認して終わりました。戦争法制を斬る

総務常任委員会副委員長と消防議会議員になりました

今期から枚方市議会は通年議会となり、5月19日~21日までは、「平成27年5月開会議会」として行われ、主に議会役選と先決・報告案件が審議されました。議長が大森由紀子議員(公明党)、副議長が野村生代議員(連合市民の会)と女性正・副議長となりました。
私はというと、総務常任委員会副委員長と枚方寝屋川消防組合議会議員となりました。共産党議員団では、広瀬議員が厚生常任委員、農協委員、都市計画審議委員、議会運営委員、つつみ議員が建設常任委員会副委員長、4市リサイクル施設組合議会議員、松岡議員が文教常任委員、議会報編集委員と役割分担しました。
議員団としては私が議員団長に、広瀬議員が幹事長、会派代表となりました。
議員団4人、力をあわせてがんばります。どうぞよろしくお願いします。
主な議会日程
総務委員協議会:6月2日(火曜日)午前10時から
文教委員協議会:6月3日(水曜日)午前10時から
厚生委員協議会:6月1日(月曜日)午前10時から
建設委員協議会:6月4日(木曜日)午前10時から
平成27年6月定例月議会平成27年6月12日(金曜日)午前10時から開催【議会期間は6月12日(金曜日)~6月26日(金曜日)の15日間】
いずれも、傍聴できます。

当選証書をしっかりいただきました

10時から市役所に行き、一人づつ名前を呼ばれ、当選証書を24番目に頂きました。その後、新生議員団で初めての会議をしました。当面の日程などを決めました。昼からも今度は地区事務所で会議をした後、走り回っていると「おめでとう」「よかったね」とたくさんのみなさんが声をかけてきてくれました。感謝の気持ちでいっぱいです。

3人から4人へ1増を勝ち取りました

私、のぐち光男の最終の票は「2943票」です。24番目です。前回が2573票だったので、370票プラスです。広瀬ひとみさんが3290票、松岡ちひろさんが2940票、つつみ幸子さんが2621票でした。5人をめざしていたのですが、松村ひろしさんが2200票で届きませんでした。11時45分から4人で東田宮の選対本部でそろって万歳をしました。その間にNHKの画面下に私の当選が顔写真入りで流れるのをちらっと見ることもできました。

たくさんの支援者の方々が駆けつけてくれて、市役所大先輩、中埜さんがお赤飯を持ってきてくれました。東京からも私のジュニア、息子も東京から電話をかけてきてくれて、実は一番先に100%の票を教えてくれました。姫、娘も婿殿と一緒にインターネットをずっと見ていてくれたそうです、本当にありがとう!

やりました!三たび議会へ返り咲きました

11時20分過ぎ、確定が出て選挙事務所に次々と支援者のみなさんが駆けつけてくれました。それでも4年前のことが頭から離れない私は中々喜べない状況でした。それは当確を私と石村さんで間違って選対本部が知らせてきたことです。「当選や」と言われ地区事務所に行くと、石村さんが当選していて、私は落選していたのです。星丘から市役所近くの東田宮の事務所に行く間に天国から地獄へ落とされた気分でした。
10分後には今回は95%あとは残票整理という事で、みんな涙を流して喜んでくれて「おめでとう」と固い握手を交わしました。私もやっと実感がわいてきてみんなで心からの万歳をしました。
今回の選挙、4年前とは大違いで支えてくれる人、事務所を守ってくれる人など、安心して候補者としての活動に専念できてスタッフのみなさんに感謝です。
そして何よりも支持者のみなさん、車で走っていても、練り歩きをしていても、たくさんの応援で励まされました。心強かったのは地元のみなさんです。がっちり応援してくれて、私も地元の議員としてぜったに4年前のようなことにはならないように、不退転の決意で、訴え、訴え、訴えぬきました。当選できて本当に、心から応援していただいた皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。必ず、期待に応えられるように全力でがんばります

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